劣等感を殺したいけど殺したくない

僕が劣等感にばかり苛まれているは何故なんだろうか?

 

そんなことを今考えているのも。院試の勉強をしないとなーと思いながらもふとfacebookで知り合いの情報を見たからだ。そこではみんなキラキラしていて、かなり僕の劣等感が刺激されて軽い鬱状態になった。

 

僕には彼らのように友達なんていないし、それにfacebookに登録しているアカウントのは友達0の知り合いの近況を探るだけの惨めなそうとても惨めな目的のためのアカウントだ。いいねを押されている数を見て、ああ、彼らのように僕が何かを投稿しても誰もいいねなんて押してくれないだろうし、誰もコメントしてくれないということが目に浮かんで、死にたくなる。それに彼らが経験しているものなんてほとんど経験したことがない。

 

というとも僕が元ひきこもりだからだ。中学は不登校で高校は中退した。そんな僕は普段出不精でどこに行くのも未だに少し抵抗感がある。いつも孤独を感じてどこにも行けない。どこにも心が所属できないのだ。だから何も体験したことがないノンバイサーで働いたことなんてない。だから何もないし空っぽのまま。脱ひきこもりしても結局中身は空っぽのひきこもりくんで何も変わってない。 

 

そんなクソみたい現状を変えたいと思いつついつのまにか日々は流れて行く。脱ひきこもりしてからのあっという間に時が流れて今僕は20代も半ばだ。どうしてそんなに歳なのに大学院なんて思うかもしれないが、先ほど言った現状を変えたいただそれだけのために他の大学に行くつもりだ。まあこの選択肢ははっきり言って悪手だし、このままの大学にいたた方がいいのかもしれないが、しかし今やっている研究に興味がなく逃げ出したいというのも一つの理由だ。こういうダメなところは治ってないし治すつもりもない。治せるとも思っていない。

 

こうつらつらと文を書いているのは、今の気持ちを保存して僕のやる気の材料にするつもりだ。今感じている惨めさ辛さ劣等感を保存したい。そうしないと時間をただただ無駄にしただけだ。とにかく院試まで毎日がむしゃらにやりたい。現状を変えたい。誰かの救いを待ってもしょうがない。この気持ちを読み返した僕今の気持を噛み締めてくれ。